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2020年度都立高校推薦入試対策講座



おおた としまさ氏と受験について徹底議論!

おおた としまさ氏と受験について徹底議論!
2児の父親でもあり、教育・育児について多くの著書を持ち、新聞や雑誌にコメント掲載も行う 「おおた としまさ」さんと、株式会社QLEAが経営する個別指導塾を統率する「石井 知哉」。少年時代を中高一貫の男子校で過ごし「教育」を舞台に働くという多くの共通点を持つ二人。おおたさん著の「男子校という選択」に感銘を受けた石井 知哉からの「中学・高校の受験について話がしたい」という熱烈オファーに快く応えていただき、本対談が実現しました。男子校出身の独特のノリで盛り上がり、あっという間に感じられるアツい対談となりました。

プロフィール(本対談が行われた2013年12月当時のものです)

おおた としまさ さん

おおた としまさ (育児・教育ジャーナリスト/心理カウンセラー)

麻布中学校・高等学校出身。
育児・教育に関する執筆・講演活動を行う。
主な著書に「中学受験という選択」「間違いだらけの中学受験」等がある。

プロフィール(本対談が行われた2013年12月当時のものです)

石井 知哉

石井 知哉 (株式会社QLEA 教育事業部 部長/School Post主宰)

世田谷学園中学校・高等学校出身。
塾業界に身を置き17年、株式会社QLEAが経営する個別指導塾を統率。

中学受験の経験者は良い仕事ができる!?

—お二人とも中学受験を経て中高一貫校にて青春時代を過ごされていますが、その経験が「今に活きている」と感じることはどんなことですか?

「中学受験」は、科目が専門化する前の小学校の勉強で、高いレベルの頭の使い方をするという経験が良かったなと思っています。今持っている知恵を組み合わせて立ち向かっていく頭の使い方こそが、「生きる力」だと思うんですよ。仕事にルーティンなんて一つもありませんから、そういう頭の使い方の訓練なんだと思います。

仕事は毎日毎日違うことですもんね。

(執筆活動においても)「どうやってこのこと記事にしようか」「どういう切り口がいいのだろうか」ということを毎回毎回カスタマイズします。その中で創意工夫が必要で、それが「生きる力」につながるのではないかと思います。僕は、その根本的な頭の使い方を中学受験の算数から学びました。
今、日経電子版で、「入試問題に学校が込めたメッセージを読み解く」コラムの連載を担当しています。そこで、実際の入試問題をその場で解かしてもらい先生に解説をしてもらいます。昔やっていた勉強ですから、できないとすごく悔しくて(笑)。

あはは。「(時間制限があるので)待ってくれ、待ってくれ」って感じですか?

本当にそうなんですよ。1つ、小問解くだけで1時間かかりましたよ。

小学生のほうが、頭が柔らかいので「すっ」とできちゃいますよね。

そうそう。そういう頭の使い方を、中学受験では鍛えることができました。あとは、目標に対してスモールステップを積み重ねていくということも(学びました)。当時は意識してなかったですが、振り返ってみると、自然にできるようになったきっかけは中学受験。

「ゴールから遡って考えていく」ということですよね。

そうですね。
英語なんかもそうかもしれないですね。もっているボキャブラリーとか文法知識とかは限られていますけど、それを駆使すればなんとか伝えられる。話せるかどうかは、意欲があるかどうか。

あとは度胸と「創意工夫する力」だけですよね。

まさにそういうことだと思いますね。

中高一貫校のアイデンティティ

—「中高一貫校」という視点で見たときのメリットはどうでしょうか?

中高一貫校のメリットは、中学校生活の中で目先の1点2点にとらわれないで、自由な勉強ができたこと。もう一つは、中学のうちに存分に原体験をさせてもらったこと。これが僕の土台になっています。
例えば「社会」だと、暗記とか答えがあるものではなくて「これなんだ?」ってディスカッションができたこと。「理科」なら実験。こうした原体験のおかげで、大学受験の時に多少の詰め込み教育や点をとるためのテクニックを乗っけたりできた。
こういう根本的な、ペーパーテストにも表れない学力や土台みたいなものを築くことに時間を使えたのはラッキーでした。
「いろんな実験をさせてもらった」ことが骨身になんとなく残っている。

それはわかりますね。

たとえば時事問題を聞いたときとかも、自分のなかにある情報と照らし合わせてリアクションをするのだと思います。それがその人なりの価値観や教養を表します。それは必ずしも文字にされて脳に蓄えられている知識だけではなくて、やっぱり全身の細胞に刻み込まれた原体験に照らし合わせているのだと思います。その量が「中学校の間にたくさんいろんなことをさせてもらったんだな」とこの歳になってわかってきました。

—そのような影響は勉強以外の面にも表れてくるものですか?

今の仕事で教育に込められた思い等を紐解いていくと、僕の振る舞いやリアクションなど自分の性格だと思っていたものが、「中学校の時に与えられたものだ」と感じることがあります。

うん、「あの先生に言われていたことだ」みたいな(笑)。
僕も驚いたのは、「自分との戦いだ」とか「日頃の当り前のレベルを上げていくことが大事」とか、塾講師として受験前の生徒にお説教めいたことを言うことがあるのですが、言っていることが母校(世田谷学園中学校・高等学校)の校長先生と同じだったんですよ。母校のHPを見ていて気づきました。

対談中の石井
対談中の石井

僕もよくそういうことがあります。僕の嫌いな言葉は「ルール」なんですよ。
母校の麻布中学校・高等学校(以下、麻布)では「ルールは必ずしも守らなければいけないものではない」みたいな校風です。「いつ守るべきものであって、いつあえて無視していいものなのか、そういうことを常に判断しろ」みたいな世界なんですよ。

そういう建学の精神みたいなものなんですよね?

そうそう。中には、判断を誤っちゃう人とかがいるんですけど(笑)。失敗した時は、「僕らは大失敗したよね。じゃあ、どうすんだ?」っていって何度も全校集会を開いて討論会をします。そういうのを教育の機会としてきた歴史の学校なんです。

(取材などで)いろんな学校を見て、比較すると浮かびあがってきますよね。

—やはり学校から脈々と受け継がれているものは大きいですか?

>思った以上に大きい!三歳児神話とか言われているけど、思春期神話とかもありそう(笑)。

そうですね!僕、おおたさんが麻布出身ということを知る前に「男子校という選択」(おおたとしまさ著)を読みましたけど、その本からすごく麻布の魅力が伝わってきました。
校則が「授業中、出前をとってはいけない」「下駄で校内を歩いてはいけない」「賭け麻雀を校内でやってはいけない」のみというフリーさを出しているところから、「あ、おおたさん(麻布が)好きなんだな」と。で、プロフィール見ると、「あ、やっぱりね」と。
自分の通っていた学校を端的に表すと、あの校則に表れますか?

そうですね。あれは「それだけルールがないんだ」というネタとして語られていますね。

うちの学校(世田谷学園)のアイデンティティも、「○○大学合格」とかではありません。登校時、校門にある白線の前に立ったら「今日ここにお世話になります」「己を鍛える場にさせてもらいます」という意味を込めて、学生も先生も校舎に向かって一礼してから中に入ります。で、帰り際も同じように一礼をするんです。
これで文化祭とかの時に、(卒業生などの)学校関係者かどうか、すぐ見分けることができますね。学校関係者は、体が覚えていますから学校に向かって一礼します。

へぇー、そうなんですね。
僕は中学受験を「思春期をどう過ごすかを自分で選べること」という表現をしていますが、思った以上に思春期っていうのは価値観がガラッと変わる時期だと思いますね。

中学受験は変わらない。変わったのは??

—お二人が受験された頃と2014年現在の中学受験には違いを感じますか?

現場目線だと、昔に比べて中学受験のハードルが下がってきていると感じます。昔はクラスの中で、(先生に)急に当てられてもすぐに正解できて、テストもいつも100点満点という子が中学受験をしていました。
今は親御さん主導なのかもしれないですが、「公立に行ってゆっくりやったほうがいいんじゃないの」って子も中学受験をします。だめならだめでいいんだけども、「その経験をさせたい」と考える親御さんが増えている印象がありますね。

なるほど、それはそうかもしれないですね。

悲しいのは(中学受験をする)全体の学力層が下がってきているので中学受験を目指す子なのに塾に遅れてきたりして、「どうして遅れたの?」と聞くと「学校の補習で」と答えるんです(笑)。

うちの子です(笑)。今小学5年生ですが、中学受験に向けては全く自覚がないですよ。彼には彼のタイミングがあるので、無理に中学受験をさせるつもりはありませんが。
とは言っても、僕は「中学受験をしないとしても、中学受験のための勉強はしておくべきだ」と思っています。「今の小学校の計算ドリルだけやっていればいいか」といえば、そうではないだろうと思っています。
たとえば公約数とか習って、それをどういうシーンで使うか。問題のなかに公約数とは一言も書いていない場合もありますが、これは公約数の問題だと理解しなければいけない。これは抽象概念の中から相似形を見つける、きわめて高度な頭の使い方をしなければいけません。
こういう頭の使い方は別解がたくさんある小学生の算数のうちにしておくべきです。

確かに今の中学生を見ていても、抽象化思考が弱いイメージがありますね。演繹法(えんえきほう)が弱いというか、ルールを教えても当てはめられない。

本当ですか。やっぱり頭の使い方の訓練になるってところでも、中学受験をする・しないに関わらず、同等レベルの勉強はやっておけってことですね。

頭の中に残っていて、噴き出てくる瞬間がありますからね。

それをやって中高一貫校に入ることによって、中高の価値観がガラッと変わる時期を目先の点や内申書をあまり気にすることなく過ごすことができる。しかも、曲がりなりにも抽象思考とか、頭の使い方を訓練して思春期を迎えることによって、「あらゆる事象に対して自分を照らし合わせるときの演算能力」というCPUは上がっていくんじゃないかな。

—つまり、中学受験自体は今も昔も一緒で、生徒がちょっとずつ変化してきているということですかね?

そうですよね、質問それでしたよね(笑)。

中学受験の根本自体は変わってないんじゃないかな。求めているものとか問題とかは一緒ですよね。

学校が入試を通じてみようとしているものは基本的に変わっていません。最近、「公立中高一貫校がやっている適性テストが素晴らしい、こういう問題がPISA(※1)型だ」とか言われていますけど、実は「中学受験の問題は昔からそういうところをみていた」っていうのは意外に世間に知られていないのではないかな。
やっぱり知識の量じゃなくて、どれだけ意欲的なのか、どれだけ頭の使い方やセンスがいいか。というのを見たい。それを「なんとかペーパーテストって形で見られないのか」と精度を高めていったのが中学の入試問題ですから。

対談中のおおたさん

(※1):PISA(ピザ)とは、15歳児を対象に2000年より3年毎に行われる学習到達度調査のこと。2012年の調査では65か国で約51万人に調査を実施。

学力の経済格差の現実と対策

—なるほど。ただ私立の学校は公立と比べて経済的負担が大きいのも事実です。この学力の経済格差についてはどのようにお考えですか?

経済的な環境によって、学ぶ環境が限られてくるっていうのは「もったいない」と思いますね。理想は国が支援をして、能力的にポテンシャルのある子がお金のことを心配せずに一番成長できるところで学べることが一番いいことですね。

はい、みんなが機会を得られるといいなって思います。日本の教育のシステムとして、お金のかかるところにいい教育が行われているという現実があるとして、「だから私立を抑えろ」という話ではないと思います。そこで私学批判とか、塾批判をするのは違うだろ、と思います。
今書いている本にもありますが、「塾があるから、日本の学校は学校で居続けられるんだ」と考えています。日本の学校って全部単線式じゃないですか?だから競争が起きるんですよ。
みんなが高校、大学と行って、その中で偏差値が使われて序列化されて偏差値が1違うだけで、「私の方が上」、「私の方が下」という風に競争が激化していく。
もし塾がなくて学校がそこまで面倒を見なければいけなくなれば、学校が本当に居づらい空間になってしまいますよね。

きつくなりますよね。

今、公教育の改革が議論されていますが、ゆとり教育の時同様どうなるかわからないじゃないですか?「公教育がダメだから」というわけではなくて、仮に公教育がこけたとしても、「日本には5万軒の塾がある」というのがすごく資産だと思うんですよ。ゆとり教育の時も、塾と学校で補完し合ってきました。
>公教育と民間教育がこれだけ育っているというのは「世界に類をみないハイブリッドな教育システム」です。民間教育は教育システムとして国の管轄下ではなく、独自にやっているというとこがミソです。これから、塾が公教育に関わっていくことはあり得ると思いますが、文科省の管轄下になったらダメだと思うんですよ。

ダメでしょうね。

「与えられた教育である公教育」と「自分から求めていく民間教育」が2つあることによってバランスがとれている。仮に教育行政(公教育)がこけたとしてもセーフティーネットがあるというのは国にとってもすごくプラスだと思っています。

うんうん。なるほど、その視点ではあんまり考えたことなかったですね。確かにそうですね。

という意味で民間教育の存在意義っていうのは社会的に大きいと思います。ただ、そこにお金がかかってしまうっていう現実はあります。
1970年代、(東京都立)日比谷高校が陥落する(※2)以前はどうだったかというと、実はやっぱり金持ちばっかりが日比谷に通っていました。なにも変わっていないっていうことですね。

(※2):1960年代までは東大進学者数で都立日比谷高等学校が首位だった。

そうですね、根本的には変わっていませんね。

「私学に行かなくては這い上がれない、だからお金持ちじゃなきゃダメなんだ」というのではなくて、私立だろうが、公立だろうが、日本に限らずお金持ちの子は高い学力をつけやすいっていう相関はもともとあります。

私立の高校に行くにしても国からの助成金とか支援金が出たりしますけどね。東京都の場合だと塾に通う費用を都が支援してくれる「チャレンジ支援」(※3)という制度もあります。それを知らないばかりに使えないケースがすごくもったいないですよね。

(※3):チャレンジ支援とは、東京都が行う「受験生チャレンジ支援貸付事業」のことである。中学3年生・高校3年生を対象に塾費用や受験料の貸付を無利子で行い、高校・大学などに進学した場合返済が免除される。

高校受験という選択

—-おおたさん著に「中学校受験という選択」がありますが、今回は中学受験ではなく「高校受験という選択」についてどのようなお考えか聞かせていただけますか?

高校受験をするということは、「(中学受験がないので)小学校5~6年生の時に1点2点の目先の点を気にしなくていい」ということです。その時期に何をするか、だと思うんですよ。「中学受験という選択」をした子たちが勉強に打ち込んでいる分、勉強じゃなくてもいいから何かに打ち込むべきなんだなって、そうじゃないともったいない。スポーツでもいいし、音楽、ピアノ、読書でもいいです。
自分の能力の土台を広げる時期として小学5~6年生の時を活用すべきなんだろうな、と思います。

高校受験で人生初のターニングポイントを迎える子に、「中学受験で得られない経験をなんとかさせたい」と思うと、年齢の違いがあるのかなと思います。おおたさんの本にもありました通り、11~12歳はまだ思春期の手前で、親の価値観の中に自分の価値観がある状況です。中学校選びも親が主導で将来のことも漠然としているケースが多いと思います。
でも15歳にもなると、自分の価値観が出てくるので、「卒業後どうしたい」とか「将来どうしたい」とかが見えてくるのではないでしょうか。将来を見通すということについては、高校受験はいい機会ですね。
僕は内部進学がありましたから、中学3年生の頃に将来のことは何も考えていなかったです。もちろん中高一貫校でも、キャリア教育をやるところはありますけど、環境的に多少のんびりしてしまうところはあるのかな、と思います。なので「将来を見通す」ということは、高校受験で得られるメリットというか、そういう選択肢を選んだからこそ出てくる成長チャンスだと思います。

そうですね。大人、特に親に対して反発心がある多感な時期で、自分の力を証明するチャンスではあると思います。15歳なりに考えたものを実現して「自分がひとつ大人になることができた」という感覚は、中高一貫校でだらだらしているときには気づけない達成感なのだろうと思いますね。

(塾生の中で)中学3年生を見ていると、自分の頃と比べてずっと大人な子が多いという気がしますね。高校受験では面接とかもありますし、受け答えもしっかりしている中学3年生は多いです。

対談の様子

—今も公立人気が高いと聞きましたが?

「経済的に都立しか考えていない」や「行けるところならどこでもいい」という親御さんの考えはすごくもったいないなと感じます。私立高校の3年間がすごく合っていると感じる子もいますから。

それはありますよね。中高一貫校、特に男子校、女子校であれば学校の個性がわかりやすいので、偏差値ではなくて、合っている・合っていないの基準で選びやすい。
でも高校の場合は、それぞれの高校の違いが分かりにくいっていうのはあると思います。
今はそれぞれ個性を出そうとしていますけど都立(公立)に関しては、どちらかというと平準化を図ってきた歴史もありますし。

今の中学校3年生の親世代が、ちょうどその時期に高校生時代を過ごしているので、まさに親御さんの中で「学校はどこ行っても一緒」というイメージなのではないでしょうか。そういうイメージで見てしまっているので、「いろんな学校を見学してみよう」という感覚があまりないのかもしれません。

あー、なるほどね。

その感覚はなんとか、変えていきたいと思っています。11月ごろに(塾生向けに)行った「親子で受ける受験説明会」では親御さんに、「(学校選びについては)自分が通学していたときの学校イメージを全部捨てて、『自分の子が卒業後どうしたいのか』ということで考えてほしい」と伝えました。
今の中学2年生の子が30歳になる2030年は、日本の労働人口が半減するといわれています。そうすると、単純労働などは恐らく外国人労働者にとって代わられる時期だと思います。
そのころに、「今の中学校2年生の子たちが手に職をもって生きていけるかという」視点でみてほしいと思います。後日、親の影響もあって幼児教育を目指していた生徒が、高齢者介護を目指し始めたと聞いて嬉しかったですね。家庭で「少子化なので、幼児教育はほとんどなくなっているだろう」って話合ったみたいです。

ふふふ。なるほど。

真剣に自分が30歳のころのことを考えてくれたことが嬉しかったです。将来のことを考えながら、進路を考えることは難しいと思いますが、考えてみれば他の転換が起きると思います。それも小学校6年生で考えるときと中学3年生で考えるときは、違うと思います。

そうですね、まったく違いますね。

というところで、「やがてくる現実を親子で考えることも高校受験の生かしどころ」だと思います。そういう目線で高校受験をとらえてほしいですね。

おおたさん、石井さん、ありがとうございました。
受験や教育事情について、大変ためになるお話が聞けました!!

本記事が、少しでも多くの悩める親御様の解決策になれればと願っています。